Frontline Core 第1話:嵐の予感は、事務所から。
スーパーの特設売場。 新人のルミは、喉がちぎれんばかりに声を張り上げていた。
ルミ:「いらっしゃいませー! 焼きたてのウィンナー、いかがですか! 本日お買い得ですよー!」
笑顔を絶やさずトレイを差し出すルミ。しかし、買い物客は目もくれず通り過ぎていく。 そこへ、隣のブースで圧倒的な人だかりを作っていた照代の、昨日とは別人のような鋭い声が飛ぶ。
照代:「ちょっと、あんた。さっきから聞いてれば、まるで壊れたスピーカーね。うるさいだけで中身が空っぽよ」
その鋭い言葉の弾丸を浴びながら、ルミの脳裏には、昨日の穏やかな光景がフラッシュバックしていた。
【回想:前日のマネキン紹介所オフィス】
事務所のソファに、背筋をピンと伸ばして座る一人の女性がいた。 老眼鏡をかけ、手元の資料を優しく眺めるその姿は、いかにも「経験豊富な頼れる大先輩」という風情だった。
紹介所スタッフ:「照代さん、明日の現場なんですが、新人のルミさんと組んでほしいんです。面倒見ていただけますか?」
ルミ:「はじめまして! マネキン1年目のルミと申します。よろしくお願いいたします!」
ルミが緊張しながら深く頭を下げると、照代は老眼鏡を少しずらし、目尻を下げて微笑んだ。
照代:「あら、初々しいわね。明日はよろしくね」
ルミは心から安堵した。「優しそうな人でよかった」と。
【現在:スーパーの特設売場】
しかし、現実は甘くなかった。 目の前に立つ照代は、老眼鏡を首から下げ、獲物を狙う鷹のような鋭い眼光でルミを射抜いている。
ルミ:「えっ……照代さん!? 昨日と、全然雰囲気が……。でも、私、マニュアル通りに笑顔で元気に挨拶してるんですけど……」
照代:「マニュアル? そんなの現場じゃお守りにもならないわ。あんたのそれは『挨拶』じゃなくて、ただの『音』。お客様の耳を素通りしてるのよ。今のままじゃ、100年経っても1本も売れないわね」
ルミ:「100年……(ガーン)。じゃあ、どうすればいいんですか……」
結局、何の答えも掴めないまま、ルミの初日はボロボロで終わった。
【後日:マネキン紹介所にて】
ルミ:「……もう、本当に怖かったんです。100年売れないなんて言われて……」
事務所でマネージャーに泣きつくルミ。マネージャーは静かにコーヒーを差し出しながら、穏やかに語り始めた。
マネージャー:「ルミさん、驚くのも無理はありません。でも、それが照代さんのプロとしての『愛』なんです。紹介所で見せた顔と、売場で見せる厳しい顔。その使い分けができるのは、彼女がお客様に最高の一本を届けたいという強い責任感を持っているからなんです」
ルミ:「責任感……。でも、あの言い方は……」
マネージャー:「照代さんはこう言いたかったんですよ。挨拶を『作業』にするな、と。なぜルミさんの声が届かないのか、その本質をメソッドとして整理してみましょうか」
【今回のFrontline Core:プロのメソッド】
1. 「挨拶」を「フック」に進化させる 単なる「いらっしゃいませ」は、お客様にとって「何かを買わされる合図」として警戒心を高めてしまいます。プロは「今日は冷えますね」や、商品の焼ける音に合わせた「いい音でしょう?」など、お客様と同じ視点に立った言葉選びから始めます。
2. 0.5秒の「間」が信頼を作る お客様が商品に目を止めた瞬間に声をかけるのは、追い込み漁と同じです。一歩引いて、お客様が自分の意志で興味を持った「0.5秒後」に、そっと情報を差し出す。この「待ち」が、押し売り感を消し、プロの余裕を感じさせます。
【翌日:スーパーの特設売場】
ルミは、昨日のマネージャーの言葉を胸に、少しだけ静かに売場に立っていた。 そこへ、昨日と同じ場所で準備を始めた照代が、ふん、と鼻を鳴らす。
照代:「ふん、今日は少しはマシな顔を見せなさいよ。……ほら、ウィンナー焦げてるわよ!」
ルミ:「ひゃあ! すみません! ……、頑張ります!」
昨日よりも少しだけ、売場の空気が温かくなった気がした。
